【視覚表現について】






【視覚表現について】
2015.11.6
うちのHPのbbsで、今季から、あえてなでしこリーグオールスター2012での中野さんの写真を加工処理して使ってきていました。
視覚による発信が減少しつつあるリーグへの、懇願の意味を込めていました。
視覚表現に関しては、中野さんを応援するようになってから、ずっと迷ってきたことでもありますが、ようやく言葉にできそうだと思ったので、写真を差し替えました。
また、テレビ中継やニュース映像で流れた試合映像の録画から自力で編集した動画が含まれていた【memorial news】を2本、コラムから外しました。

まず、確認しておきたいのは、リーグによる規定は、
■当リーグ主催試合において、望遠レンズを使用した写真撮影、ビデオカメラによる撮影は禁止いたします。
■当リーグ主催試合において、営利目的で競技、試合前後等セレモニー、観客等の写真撮影またはビデオ撮影は禁止いたします。
■当リーグ主催試合において、撮影した映像(静止画も含む)、音声の全部または一部を、リーグの許可なくインターネットその他のメディアを通じて配信することは禁止いたします。
であることです。

リーグやチームには、選手の人権・肖像権を守る役目があり、これらの規定も理解できます。
それを踏まえた上で、視覚表現がもたらす効果について、私が4年間女子サッカーを拝見してきて感じていることを、私の患っている病気上の反応も含めて、書いておきたいと思います。
私は研究者ではありませんし、こうした内容は、情報発信を意図する者であれば、誰でも思い及ぶものかもしれません。放言としてお読みいただければと思います。

ここで触れるのは、主に、様々なシーンにおける視覚の増幅に関してです。

女子サッカーでは、最近では、リーグのテレビ中継も減ってきてしまいましたね。テレビには解説がつくことも、特に観戦初心者には有り難いものですが、ラジオと比べた場合、選手の表情が見えることも効果的な情報になっていると思います。
録画によって試合を何度も観られることも魅力ですし、選手の決定的なプレーがリプレイなどでゆっくり追えるほか、何より選手の顔が自然と覚えられる。
顔とプレーが一致すると、何がよいかって、自分の頭の中で、選手の顔を頭の片隅で思い浮かべながらプレーを観ることで、思い入れの度合いが格段に上がることです。
私の病気では、「テレビと話せてしまう」という症状が存在するのですが、これは状況をリアルタイムでテレビ視聴する際に最も強く現れます。ニュース映像や生放送のトーク番組でも同じです(スポーツ中継よりも、語りかけの多いこれらの番組は、さらに影響が強くなります)。同じリアルタイムであっても、テレビを通さない場合には決して現れない症状です。生観戦なら大丈夫なのです。つまり、本来の視覚のみなら到達できないものとの距離が、ズームアップ及び視覚編集された映像となって、一気に縮まることで、「他者との関係性が曖昧になる」私の病気にダイレクトに響き、テレビの中の対象と自分が意思疎通できているような感覚に陥るという、関係性の錯誤なのだと言えます。
これは逆手にとれば、というか、通常の健康な感覚であれば、対象への思い入れがスムーズに増幅される視覚装置だと考えることができます。特に、女子サッカーを観はじめた頃の初心者にとっては、様々なシーンが適度にズームアップされるテレビ映像は貴重な情報になるでしょう。
少し話しがそれますが、そうした選手の情報がある程度インプットされた上でなら、なでしこTVのような、遠景が前提の試合映像を観ても、同じような効果が期待できます。むしろサッカーが観たい方にとっては、画質は悪くとも、生観戦に近い視野での映像で、何度も繰り返し観られるなでしこTVは、効果があったのではないでしょうか。または、効果を生む可能性があったのではないでしょうか。テレビでは、選手のアップの映像を挟むことによって、ボールに絡む一部のプレーが映らないこともあったので(これはある程度、仕方がないと思いますが)。
時間的余裕よりも、経済面を考えれば、一年を通じて応援しているチームの試合をすべて観戦することは、かなり難しく、そういった試合でも、また近隣にホームチームがない方にも、女子サッカーの試合それ自体を楽しんでいただくには、テレビ放映を中心としたメディアに頼るほかはないと思います(視覚表現ではありませんが、ラジオ実況でもかなり伝わります)。
リーグ全体に関する視覚表現については、BSフジの「なでしこリーグマンスリーダイジェスト」(スカパー!でかなりの回数、再放送されていますね)が何とか維持されていて(番組のメインスポンサーが、INACのスポンサーでもあり、「INAC TV」のスポンサーでもあるサッポロ一番なので、最近の状況にははらはらしています。サッポロ一番、食べねば!)、ほぼこれに頼るしかない状況です。
チーム別には、INACとの試合はほぼ全試合テレビ中継がありますし、ホームゲームに関してなら伊賀のように地元の小さなメディアが素早くネット記事と同時にダイジェストで動画をアップしてフォローしてくれるところもあります。地元のテレビ局が頑張ってくれている仙台や湯郷のようなチームもあります。来季1部に上がってくる長野や、2部の世田谷など、チームの広報が積極的に試合についての情報を公開しているところもありますね(すみません、すべてのチームをフォローしていないので、もっといろいろな方法で試合の様子を視覚発信をしているチームもあるかと思います)。
選手への思い入れを育てる、という点では、選手の写真をあしらったグッズを出すチームや、選手との積極的な接触を企画しているチームもあり、それも一つの手だろうなと思います。
とはいえ、やはりいちばん大事なのは、実際のプレーにどれくらい人を引き込めるか。その入口として、試合中のプレーを、ダイジェストでも映した視覚メディアの役割は欠かせないと思います(リーグ公式の各試合のゴールを中心としたダイジェスト映像、よかったのですが、なんでなくなったかな。なでしこTVがないなら、せめてここだけでも復活しないだろうか)。記録、という意味でも貴重です。

そして記録、といって、避けて通れないのが、観客による写真及び動画撮影です。
写真に関しては、リーグの規定である「望遠レンズ」がどのくらいの精度のものを指すのか、厳密には分かりませんが、かなりごついカメラを構えておられる方もまだ相当いらっしゃる様子。これはリーグよりも、試合を運営するホームチームが、対応に苦慮されているようです。
どうしてこれらの行為が止まらないのか。
これらの写真及び動画等の撮影行為には、リーグやチームからの、そしてメディアを加えても、十分な情報発信が得られないと考えるのとは別の種類の欲求が含まれているからだと思われます。
一つは、伝達に関する欲求。自分が観たものを、他の人に伝えたいというものです。ゴールシーンの動画撮影などは、この点が大きいと考えられます。私の場合は写真ですが、中野さんが仙台に移籍が決まって、新しいチームで今まで以上に力を発揮できるのか心配で(余計なお世話です)、リーグ開始前の2月・3月の関東遠征のときから、仙台のチームを覚えるためにも、体調を押して出かけていき、少しばかり中野さんの写真を撮って(普通のデジカメです)、遠方に住むごく親しい中野ファンの方々にお伝えしていました。中野さんが無事に仙台に溶け込んで、安心して、もう伝達の役目は必要ないなと思った頃、ちょうど中野さんが練習中の軽い怪我で出場しなかった浦和戦のあたりから、本格的に身体が保たなくなって、遠征自体行かれなくなりました。
浦和戦以後は、中野さんの撮影はしていません(他の選手は元よりほとんどしていません)。
あの使命感に近い感情に対しては、おそらく同じ感情を持って撮影なさっている方もいるかもしれないと想像できます。でも、この「伝達」に関しては、リーグ・チームを含むメディアが十分に情報をくれれば、収まるに違いないと思います。
これより厄介で、しかも女子サッカーとの関係を深める役目をしていると思われるのが、自分の生み出した視覚表現に関する欲求です。
私が2011年秋になでしこリーグを観はじめてすぐ、まだリーグの規定を知る前、初めて中野さんの写真を撮ったとき(試合後に引き上げてくるときだったので、私の望遠の効かないカメラでも写真の半分が中野さんで埋まるくらい大きく写りました)、私は、その写真の中野さんに一目惚れしてしまったのです。初めて美作で湯郷の試合を観てから、中野さんの存在はHPにも書いてきたように、そのプレーの巧さとたたずまいが気になっていましたが、一人の人間としての中野さんに心囚われてしまったのは、千葉で撮った、ただうつむいて歩いている中野さんの姿が写った、その写真が元でした。
写真を撮ることに興味を持ったことのある人は、対象が何であろうと誰しもおそらく体感していることだと思いますが、自分がファインダー越しに切り取った風景についての思い入れは、実際の視覚記憶よりも、固定されて残る分だけ、増幅されて強いものになります。
また、それらの風景がいっそうの強度を持つように、さらに撮ろうとするようになります。
それが、好きな選手がいちばん輝いているプレー中のものだったら、大きな幸福感を持つでしょう。その選手への思い入れも同時に強くなります。他にも例えば、決定的なゴールシーンを撮影したものの場合は、ゴールした選手や試合への思い入れが強くなると思われます。
この場合、自分で切り取ることが大事なので、どんなに素晴らしい写真であっても、他の人が撮ったものではダメなのです。
この欲求が続く期間は、自分の撮影技術の巧拙によって変わってくると思いますが(同じような写真しか撮れないと一枚一枚における強度が落ちてきてしまうからです)、「記録」を同時に望んでいた場合は、永続する可能性もあります。
私はもはやその欲求を卒業しましたが、特に観戦を始めた初期に、選手や試合への思い入れと真っ直ぐ繋がっているこの欲求は、なかなか手強いと思います。性能のよいカメラが安価で手に入る昨今、うまく利用して女子サッカーの普及に繋げられれば、かなり強力だと思うのですが・・・共有を望むと悪用の可能性も広がることを考えると、今の私にはいいアイディアが浮かんでいません。

これらの行動や思考を、自らの欲求を抑止できない人間のものだと感じる方もいらっしゃるでしょう。
しかし女子サッカーが普及していくに従って、何度でもぶつかる壁になる可能性も高い。

「選手は様々なものを犠牲にしてサッカーを続けている」とは、あるチームの運営に近い立場におられる方のお言葉です。この「犠牲」には、こうした意図しない自分の画像・映像がネット内に拡散される可能性も、含まれていると思われます。プロの選手でないのなら、なおさらです。
撮る側や拡散しようとする側も、選手を好きなだけでなく、もし守りたいと思ったら、不適切な行為の抑止に繋がるはずです。

こんな状況でも、選手の皆さんの中には、メディアに登場してくださったり、ファンサービスをしてくださる方々はもちろんですが、ブログやツイッター等を通して、自分を積極的に発信していくことで、ご自分たちの交流のためだけでなく、女子サッカー選手としての気持ちを伝えてくださったり、ファンの欲望の一端を叶えようとしてくださる方もいます。
端から拝見していて、ファンの方々との思いとがうまく噛み合って、選手の方の力になっているのだろうと感じるシーンもあります。それがファンにとっては試合中の写真の代わりになっていく可能性もあるかもしれません。
ただ、それも選手によって、向き・不向きがあると思います。

個人的には、中野さんとのわずかな交流はとても幸福なものですが、自分が選手と交流することよりも、選手の奮闘する姿や試合の映像が、女子サッカーの歴史の一部として、少しでも多く、許される形で残され、それを求める人の間で共有されていってほしいです。
選手の人権・肖像権を侵害する方向ではない、より効果的な視覚表現や視覚的なアプローチが生み出されていくことを願って。

追記:この文章をあげた翌日に始まった第37回皇后杯では、観戦者の写真の規定について、
「観客席において、以下の範囲の静止画・動画撮影を禁止します。
□営利目的での撮影
□一脚・三脚を利用してのカメラ撮影
□他のお客様の観戦や試合運営を妨げる撮影行為」
としていることが分かりました。これはJFAの規定ということになりますね。
参考までに記しておきます(2015.11.07)。